建築ノート

家にあったポスター。 「アーキニアリング・デザイン展」巡回展が京都でも開催される。 10月10日(土) 会場:京都工芸繊維大学3号館0311講義室 1.建築新人戦2009 10:00-12:00 二次公開審査 13:00-14:30 表彰式・レビュー 審査委員長 竹山 聖 委員 遠藤 秀平…

2009.9.21 <お知らせ> 「ルーヴル美術館展」の混雑状況について 「ルーヴル美術館展」最後の一週間となりました。 このところ毎日一万人前後のお客様で混雑しています。昨日は、午前中早い時間から、30分から1時間の入場待ちが出始め、ピークには80分待ち…

淡路島へ。ウェスティンホテル淡路の隣にある大磯 アート山美術館へ。 淡路島東浦町(現淡路市)出身の洋画家大石可久也の大石鉦子の個人美術館。 運営はNPO法人「淡路大磯アート山を創る会」。 淡路夢舞台に隣接する楠本の山の中腹に2003年10月にメインギャ…

豊田講堂のすぐ近くにあった野依記念学術交流館。 名大に野依記念館が完成 ノーベル賞賞金を全額寄付 2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治理化学研究所理事長(名古屋大特任教授)の功績をたたえ建設された「野依記念物質科学研究館」など5棟の完…

打ち合わせで名古屋へ。近くを通ったので槇文彦氏32歳の時の名大豊田講堂へ。 1960年に槇文彦の設計で名古屋大学東山キャンパスの中心に建てられ、同大学のシンボルとなっている。鉄筋コンクリート造・打放しコンクリートの地下1階・地上3階建てで、講堂は1,…

先々週、和歌山に行った時の写真。黒川紀章設計の和歌山県立近代美術館。 1963年和歌山城内に開館した和歌山県立美術館から拡大発展したもので、1970年、和歌山県民文化会館の1階部分に開館した。現在の和歌山城隣の施設に移転したのは1994年である。バブル…

慌ただしい日が続く。前回の奈良へ行った翌日、8月23日は住宅の打ち合わせで名古屋。8月29日は京都にある村野藤吾、戦前の作品であるN邸(別名比燕荘)を見学する機会を与えられた。翌30日は和歌山。9月1日から学校が始まる。そして、昨日9月6日は再び名古屋…

090822故あって奈良へ 大乗院庭園は、15世紀の半ばすぎ、善阿弥とその子が京都から招かれてつくったものです。善阿弥は銀閣寺の庭を造った作庭の名手。いま奈良ホテルのすぐ南にその一部が残されています。 その一角に建てられた「名勝大乗院庭園文化館」は…

スイス学生会館の写真を整理しながら思い出した建物がある。坂倉準三の「神奈川県立近代美術館・鎌倉」。1950年に行われたコンペで勝ち取ったプロジェクト。コンペには前川國男、吉村順三なども参加。外壁はアスベストパネルをアルミの目地で接合。内部は大…

今日敷地を訪れると、スイス学生会館は多くの建物に囲まれていることに気づく。このパヴィリオンは孤立した建物ではなく、パリ南部の大学都市と呼ばれる国際公園の中に最後に完成した建物なのであり、1920年代の「国家的」イメージを表現した不幸な建物と並…

また話が最初にかえりますが、私は、学校では、もてあまし者でした。様式の問題が出ても、様式をやらないで、もうセセッションばかりやって、学校では非常に成績が悪いし、手に負えないもてあまし者でした。手に負えないというのは少し語弊がありますけれど…

先週、大阪へ行った時のこと。 解体前の堂島ダイビルと北浜の綿業会館へ。 まずはダイビル。 この時代にこの吹抜け。 右に見えるのはダストシュート型の郵便受け。 ダイビル本館 大正15(1926)年に渡辺節の設計で建てられた、ネオ・ロマネスク様式の大規模…

1928年にル・コルビジェがサヴォア邸の設計を依頼された時、彼は自分の建築的ボキャブラリーがほぼ完成されつつあることを自覚していた。彼はア・プリオリな理念によって完璧なまでに武装されていたし、彼の建築原理を世に示したいという野心も持っていた。…

1階部分の内側に入ると、ここはサービスと召使のために当てられていて、ひとは斜路か回り階段かどちらかに沿って進むことができる。とくにこの斜路は建物全体を貫通しているもので、回り階段とともに、基本的な形態と「対象物の型」の連続を構成している。 2…

車でアプローチする人はそのまま建物の下にもぐりこみ、工場的なサッシュ割をもつ1階部分の曲線に従って建物を一周することになる。訪れた人はこの機械時代の儀式にいよおうなしに引き込まれる。 (中略) 運転手付きの車で到着した訪問者は軸線上で車を降り…

20世紀の建築をル・コルビュジェとは無関係に理解することは不可能である。 「ル・コルビュジエ―理念と形態」 あいにくの雨だった。 到着するといきなり現れたのが管理人棟。おもわず笑ってしまった。 まずはフィリップ・ジョンソンの教え通り、遠くから歩い…

工事中のため中には入れなかったzaha hadidのContemporary Art Center。車の中より撮影。 Zaha Hadid: Complete Works, 1979-2009作者: Philip Jodidio出版社/メーカー: Taschen America Llc発売日: 2009/08/01メディア: ハードカバーこの商品を含むブログ (…

土曜、日曜と住宅の図面。 っていうか毎日頭の中から離れたことがない。 考えれば考えるほど色んなシーンが浮かび上がってくる。 「住宅に始まり、住宅に終わる」 この設計、いつ終わるのだろう・・・・ 住まいの設計ノートから作者: 中善寺登喜次出版社/メ…

この建築は彫刻家ブランクシーの美術館。向かいに建つのがポンピドー文化芸術センターで、同じ設計者、レンゾ・ピアノによるもの。以前からここにはブランクシーのアトリエがあり、ブランクシーの死後にパリに寄贈されていた。長い間、閉鎖されていたが、199…

植物と共に暮らすなら、まず知っていただきたいのは、彼らはあなたと同じ、自由な生き物だということです。同じ空間を分け合い、共棲するもう一人の同居人です。犬や猫、ペットとも違う。彼らはあなたなしに生きられないし、あなたが彼らの生命の責任者です…

ポンピドー・センター・メスの記事(要登録)がケンプラッツに(設計:坂茂) 画像はケンプラッツより転載。 最も屋根らしい屋根とはどんな形の屋根であろうか。 パタン・ランゲージ220より引用 息子が出るというので京都会館の 「ブラスコンサート2009吹奏楽…

すべての天井高を同じにすると、事実上、居心地のよい建物にはならない。 「パタン・ランゲージ」(C・アレグザンダー他著)190より引用 今日、顧問をしている建築部で読書会をやってみた。恐る恐るだったが、学生の反応はまずますだったように思う。書かれ…

(宇野)でもなぜか、コンクリートの廃墟を写真に撮る人がいますよ。柳沢信のように、写真作品としてはかなり印象に残るものがあります。映画になりがたいとしても、不思議と写真にはなる。 (鈴木)なるんですが好奇心の目にあふれたものになりやすいんですよ。…

出し惜しみする訳ではないがポンピドォー・センターの残りの写真。 2009年、フランス北東部の都市メス(Metz)に分館として開館予定のポンピドゥー・センター・メスのポスター。設計は、坂茂とフランス人建築家Jean de Gastinesのグループ。中国の上海、盧湾…

引き続きレンゾ・ピアノ。 パリにもどってポンピドゥ・センター。完成は1977年。正式の名称は国立ジョルジュ・ポンピドゥ芸術文化センター。施設には国立近代美術館(MNAM)だけでなく、産業創造センター(CCI)、公立図書館(BPI)、音響研究所(IRCAM)といった諸部…

引き続きレンゾ・ピアノの話題。氏の設計によるシカゴの"Art Institute of Chicago"(シカゴ美術館と訳しているものも多いが美術研究所と訳すべきか?教育センターも併設)の記事がBuilding Designに掲載されています。 写真はflickrより転載。この5月16日にオ…

今日の日曜美術館再放送は「戦争と芸術 クレー 失われた絵」前回、見逃していたので1週間遅れの再放送は有難かった。 1879年、スイスの首都・ベルン近郊のミュンヘンブーフゼーに生まれた。父は音楽教師、母も音楽学校で声楽を学ぶという音楽一家であった。…

独立したての頃、北陸の地方都市でポケットパークの設計をしたことがあった。土木も絡む仕事で、はっきり言って多少不安ではあったが、仕事が無かったこともあり「何でもやります」と引き受けた。日本海の海岸沿いにポケットパークを4ヵ所作るという仕事だっ…

ニューヨークタイムスのWEB版にピーター・アイゼンマンの「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」とダニエル・リベスキンドのユダヤ博物館(ベルリン)の写真が公開されていた。(記事では「The Jewish Museum in Berlin」という表記のみ) リベス…

20世紀イタリアの構造エンジニアの巨匠、ピエール・ルイジ・ネルヴィは数多くの建物を「PC」でつくりました。オルベッティロの飛行機格納庫(1941)、トリノ博覧会・展示棟(1949)、ガッティ毛織物工場(1951)、ローマ・オリンピック小体育館(1957)、…